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藤井郁弥と高杢の確執はいつから?チェッカーズ不仲の原因は暴露本だった!?

チェッカーズの確執

「チェッカーズ」解散以降、藤井郁弥(フジイ・フミヤ)さんと高杢禎彦(タカモク・ヨシヒコ)さんの確執がたびたび報じられていますね。

チェッカーズの確執は一体いつからで、何が原因だったのでしょう?

チェッカーズ全盛期からのファンは、再結成の噂も含め、いまも複雑な思いではないでしょうか?

この記事では、

  • チェッカーズの確執(フミヤVS高杢)はいつから?
  • チェッカーズ不仲の原因は?
  • 高杢の暴露本の内容

について、ざっくりとまとめました。

チェッカーズ内の確執(フミヤVS高杢)は1992年からで、原因は大まかに3つ!

フミヤと高杢の確執が表面化したのは、1992年の解散の時です。

ここまで溝を深めた原因は、大きく3つです。

1、フミヤがチェッカーズ解散を言い出し多数決で解散を決めてしまった(1992年)

2、高杢が暴露本を出しフミヤを批判した(2003年)

3、「徳永善也(クロベエ)を送る会」の発起人を外し事件

それぞれ見ていきましょう!

1、確執は1992年の解散で表面化?

確執の始まりは、

  • フミヤがチェッカーズを解散したいと言い出した
  • メンバー7人の多数決で解散を決めた

ことだと言われています。

はぴ
はぴ
解散は、多数決できめたんですね!
多数決の結果

解散に賛成=4人
(藤井郁弥・武内享・大土井裕二・藤井尚之)

解散に反対=3人
(高杢禎彦・鶴久政治・徳永善也)

多数決の結果、
チェッカーズは1992年の紅白歌合戦を最後に解散となりました。

解散に反対だった高杢(たかもく)にしてみれば、多数決であっけなく終わってしまったわけですから、悔しかったのかもしれませんね。

さらに、その後、

2003年に高杢が暴露本でフミヤの悪口を書いた

2004年にクロベエ(徳永善也)のお別れ会の際、高杢と鶴久の二人が発起人から外された

により、確執は修復不可能といわれるまでになったようです。



2、暴露本「チェッカーズ」で決定的に

チェカーズの不仲の溝を深めたのは高杢さんが書いた暴露本「チェッカーズ」です。

チェッカーズの“内紛”の火種となったのが、2003年6月に元メンバーの高杢禎彦(54)が発売した自伝エッセー「チェッカーズ」(新潮社)だった。

同書の中で、高杢はまるでフミヤが解散の“戦犯”であるような書き方をし、さらにはフミヤがさも“銭ゲバ”のようなエピソードまで。

引用:日刊ゲンダイ

内容は、フミヤさんへの批判が多く書かれていて、出版するや、ワイドショーで騒ぎ!

この本は、高杢さんが胃がん大手術(胃・食道・リンパ節・胆のう・脾臓を摘出)をした翌年の2003年に出版されています。

生きるか死ぬかの大病の直後に、わざわざ仲間の悪口を書いた暴露本を出版しているわけですね。

高杢さんは、なぜ、こんな本を書いたのでしょうか?

一節には、食いぶちに困ったのでは?と言われています。

そもそも、フミヤと高杢の二人は、保育園から中学校まで同級生(幼馴染)でした。

二人とも、やんちゃで、

「ちっちゃな頃から悪ガキで、15で不良と呼ばれたよ」

とう歌詞そのものだったそうです。

フミヤさんは高校時代にバイクの無免許運転で無期停学処分になった過去があり、

高杢さんは不良グループの番長格で、傷害事件がらみで警察の事情聴取をうけたことがあります。

はぴ
はぴ
15で不良はリアルだったんだぁ〜

似ているように見える二人が、決定に違ったのは、音楽の才能とキャリアでした。

いうまでもなく、チェッカーズの基礎を作ったのはフミヤさんです。

フミヤさんは、1980年にメンバーの竹内享さんと二人でバンド結成し、1981年にはヤマハの音楽コンテストで優勝してデビューの道筋をつくりました。

一方、高杢さんは幼馴染のフミヤに頼みこみ、テストを2度受けてチェッカーズに加入したという経緯があります。

完全に「あと乗り」です・・・。

しかも、高杢さんは楽器が弾けないため、チェッカーズでの担当は「サイドボーカル」のみ。

はぴ
はぴ
今考えると、よくチェッカーズに加入できましたね・・・。

ちなみに、チェッカーズの旧メンバーは以下の通り

チェッカーズ

藤井郁弥(リードボーカル)
・武内享(ギター)
高杢禎彦(サイドボーカル)
・大土井裕二(ベース)
・鶴久政治(サイドボーカル)
・徳永善也(ドラムス)
・藤井尚之(サックス)

鶴久さんも高杢さん同様にサイドボーカル(楽器なし)ですが、チェッカーズのヒット曲を数多く作曲しています。(解散後も印税で食べていけます)

他のメンバーも「元チェッカーズ」の知名度でなんらか食べていけそうですね。

高杢さんにとって「解散したら食べていけない」問題は切実だったことでしょう。

ガンになって死に直面したことで、スターであり続けるフミヤさんとの格差を感じてしまったのでしょうか?



クロベエのお別れの会の発起人事件で再燃

確執の原因のもう一つは、

チェッカーズのメンバーだった徳永善也さん(ドラムス担当・享年40歳)が舌癌で他界した時、お別れの会の発起人から外されたことです。(2004年)

外されたのは、高杢さんと鶴久さんの二人。

とはいえ、解散以来、徳永さんと交流がなかったそうなので、発起人じゃなくても不思議じゃないですが、本人は納得できなかったようですね。

この時もマスコミを巻き込んで怒りをぶつけ「チェッカーズの確執」として話題になりました。

もはや確執は修復不可能な印象が否めませんが、フミヤさん側からは応戦することなく静観しています。



高杢の暴露本の内容とフミヤの反応

暴露本の内容詳細

そもそも、騒動になった高杢さんの暴露本「チェッカーズ」の内容はどんなものだったのでしょう?

本「チェッカーズ」は現在では絶版となっていますが、

フミヤに関する記述では、

フミヤが一方的に解散を主張した

フミヤが解散のミーティングを酒をのみながらやろうとした

フミヤが解散前の全国ツアーでのフミヤの声がガラガラになったのは遊び歩いていた

などが書かれていたようです。
(情報元:ウィキペディア)

暴露というには、あまりにも幼稚な気がしますが・・・。

この本に関するレビューもほとんどが酷評です。

解散をネタにして金儲けしている
あまりに酷い

レビュー一覧はこちら

高杢さん自身が生放送で「ボーロ本(=暴露本)」と言ったみたいですね。

フミヤは静観

一方、当時のフミヤさんの反応は、

「あの本は、高杢から見た真実なんだよ。仕方ないんだよ」というコメントだったとか。

暴露本の後の高杢はどうなった?

高杢さんは、暴露本の後は、テレビでほとんど見かけなくなっていますが、ときどき俳優のお仕事をしているようです。

2019年には、映画「いのちのスケッチ」に出演されていたようですね。



フミヤと高杢の確執に関する世間の声

そんなこんなで、

チェッカーズ再結成は、絶望視されていましたが、フミヤさんに関してこんな報道も!

 

コロナ禍でコンサート活動もままならず、封印していたチェッカーズの曲を歌った動画をSNSでアップしたところ、とても評判が良かったそうで『もう何があるかわからないし歌えるなら、歌っていこうと思った』と前向きなんです。

引用:日刊ゲンダイ

これについてのファンの反応はこちらです。

クロベエがいない時点で再結成なんてあり得ないでしょ。
いい加減なこと言わないで
再結成、見たい気もするし見たくない気もするし、どっちに転んでも複雑だわ
あの暴露本を踏まえた上で再結成するならフミヤは偉い。
チェッカーズ時代の歌は聴きたいし、大土井さんや、武内さんも見たいけど…某メンバーとの確執、解消されるんかな?私的に、あの本がなぁ…。
ファンは実は再結成をさほど熱望してないけどね。
でもフミヤ氏は、コロナ禍でミュージシャン達の収入の糧になるならってことで動く可能性はあるなぁ

ファンの中にもいろんな思いがあるようですね。



まとめ

今回は、元チェッカーズの藤井郁弥さんと高杢(たかもく)さんの確執について調べてみました。

チェッカーズに熱狂した世代にとっては、先行きが気になりますね。

輝かしい一時代を築いていたバンドだけに、今後の成り行きを見守りたいです。

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