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内田有紀の生い立ちが悲惨!高校中退で働いた理由が泣ける!

笑顔の中に、どこかしら影のある雰囲気の女優·内田有紀さん。

実は生い立ちが悲惨で、

  • 両親が離婚
  • 家をたらい回しで育つ
  • 高校中退して働く

という、寂しい子供時代を送っていました。

この記事では、

内田有紀さんの生い立ちについてまとめています!

▶︎内田有紀さんの離婚の理由は束縛!?はコチラ

▶内田有紀さんが事実婚のままの理由が闇!はコチラ

内田有紀の生い立ちが悲惨!

引用:Twitter

内田有紀さんは、物心ついた時から両親が不仲。

そのため、両親の離婚後は、家をたらい回しにされて育ちました

内田有紀の家は金持ち

地元のお店を紹介!引用:YouTube

内田有紀さんは、経済的には裕福な家で生まれています。

  • 父は六本木で飲食店を経営

お母様は、もともと夜のお店で働いていた方だったようで、

物心ついた時から両親の喧嘩が絶えない家庭でした。

お父様が経営者で経済的には裕福なため、高級住宅地·広尾に住んでいましたが、

家の中では両親はいつも不仲。

八つ当たりされる事もあるなど、辛い幼少期を送っていたそうです。

はぴ
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愛情不足な子供時代…

お母様が20歳と若い時に産まれているので、もしかしたら、できちゃった結婚だったのかもしれませんね。

ご両親が離婚したのは、内田有紀さんが小学2年生の時。

離婚に際しては、親権や財産分与で揉めに揉めたそうです。



両親の離婚後、転々とたらい回しに!

引用:Twitter

小学2年生で両親が離婚すると、内田有紀さんは、

「父親宅→母親宅→祖父母宅」と、住むところを転々とした

ということです。

小学校から高校までの多感な時期に、家に心休まる場所はなかったようですね。

父親との生活(小2~小5)

両親が離婚して、親権は父親になり、まずは父親と住むことに。

ところが、裕福な男性はモテてしまうのか、父親はすぐに再婚!

居場所がなくなった内田有紀さんは、次は母親に引き取られます。

母親との生活(小5~中2)

母親の元に引き取られた内田さんでしたが、まもなく母親が再婚!

思春期も重なり、母親とは衝突してしまう事もあったとか。

結局、中2の時、母親の家にも居づらくなり、祖父母と暮らすようになります。

祖父母(中2~高1)

祖父母とは仲が良かった内田有紀さんですが、一緒に暮らし始めた頃、家出をしたことがあるそうです。

家出がきっかけで、学校を停学に・・・。

この時は、どこにも帰りたくない気持ちが爆発して、家を出てしまったようですが、

ぐっと我慢して、祖父母の家での生活を続けました。

はぴ
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よく不良にならなかったよ…

なかなか悲惨な生い立ちですよね。

祖父母さえ、いつかいなくなってしまうのでは?という不安が付きまとっていたそうです。

ちなみに余談ですが、祖父母の家もお金持ちのようです。

▼ビートたけしさんと同じマンションに住んでいたというエピソードもありました。

両親が離婚してたらい回しになると聞くと、貧乏を想像してしまいますが、お金には困ってなかったようですね。

でも、メンタルは相当傷ついていたようで、

内田有紀さんは、

「そばにいてほしい人は、いなくなる」

と思うようになり、今でも、人間関係や恋愛関係に影響を与えているとか。

過去の結婚生活の破綻や、再婚できないのも、この生い立ちが関係しているのでしょうか?

▶内田有紀さんの過去の結婚はこちら

▶内田有紀さんの現在の恋愛についてはこちら



内田有紀が高校中退で働いた理由が泣ける!

引用:Twitter

内田有紀さんは、中学高校時代は中高一貫校に通っており、体育教師を夢見ていたそうです。

ですが、自立して生活したい一心で、高校2年生で中退、芸能界で働き始めます!

中学高校時代は体育教師を目指していた

引用:Twitter

 

そもそも、内田有紀さんは幼少期から男勝りで活発な性格。

「おままごとをするより、外を走り回ることが大好き」

引用:NHK「ごごナマ」

日本舞踊やバレエを習ったり、スポーツも大好きだったとか。

そのため、体育教師になりたくて、スポーツ強豪校で、中高一貫「藤村女子」へ。

「学校法人·藤村女子」

引用:吉祥寺deまなぼ

スポーツに力を入れている私立女子校。

新体操はオリンピック選手が出ている強豪校です。

場所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-16-3

子供の頃から習っていたバレエを生かして、中学では新体操部に入部しましたが、身長が165㎝と大きくなりすぎた為、選手を断念。

そこで、高校からはフェンシングを始めています。

(フェンシングは)人口が少なかったので、もしかしたら勝てるんじゃないかという、浅はかな不純な動機で入った。

引用:スポーツ報知

フェンシングでは、都大会で3位入賞する実力で、オリンピック選手になりたいとまで思っていたそうですよ!

めちゃめちゃすごいですよね!

元々、運動能力が高いんでしょうか。

ちなみに、高校生の時のフェンシング姿も可愛いです!

高校生の内田有紀さん。引用:YouTube

 

実は、内田有紀さんは、中学2年生からモデルの仕事もやっていたそうなので、可愛いのも納得ですね。

フェンシングでは都大会3位の結果を残し、モデル活動もするなど、楽しい学生生活にみえる内田有紀さんですが、

祖父母の家に住まわせてもらっている事を申し訳なく思う気持ちが強く、どうしても早く自立したかったようです。




一人で生きていくために高校を中退

引用:Twitter

 

内田有紀さんは、高校を二年生で中退して一人暮らしを始めています。

きっかけは、キャンペーンモデルに選ばれたこと。

これを機に、芸能活動を本格化させました。

体育教師になる夢もフェンシングも捨ててまで人に頼らず生活したい、自立したい」を選んだようです。

なにも、高校中退までしなくてもよかったのでは?と思いますが、よっぽどの思いだったんでしょうね。

▼1993年「ユニチカ」水着キャンペーンモデル(18歳)

引用:Twitter

ちなみに、内田さんは、中学2年生からモデルの仕事を始めていますが、

きっかけは、お母さんがスカウトされたことだったそう。

当時、母親は32歳(内田さん小6)でしたが、スカウトされるほどの美人だったということですね!

内田さんと似ているのか気になるところですが、残念ながらお母さんの顔画像は見つかりませんでした。

▼15歳(1990年)、雑誌モデルをする内田有紀さん

引用:Twitter

 

内田有紀さんは、どうして芸能人になろうと思ったの?と聞かれた時に、

「人がいっぱいいる世界が楽しそうだから」

と答えています。

幼少期から家をたらい回しで寂しさを味わい、一緒に暮らした祖父母さえ「いつかいなくなってしまう…」と不安に感じてきたせいで、

人がいっぱいいて寂しくない芸能界に、自分の居場所をみつけたのでしょう。

▼「その時、ハートは盗まれた」で女優デビュー(1992年)

左:内田有紀さん、引用:Twitter

内田有紀さんは、デビューするにあたり、ショートカットの茶髪にしたそうです。

そのボーイッシュな雰囲気が人気になり、歌や女優に大忙しになっていきます。

生い立ちが悲惨だった分、自分の居場所を芸能界で作ろうと、頑張れたのかもしれませんね!



まとめ

今回は、内田有紀さんの悲惨な生い立ちについてお伝えしました。

  • 両親が離婚
  • 家をたらい回しで育つ

寂しい子供時代を送っていました。

高校の時には、自立して生きていく為に中退、芸能界で働き始めました。

生い立ちの逆境をバネにして、現在でも芸能界で活躍し続けていますね!

これからも、内田有紀さんの活躍を応援しています。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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